お熊甲祭り(おくまかぶとまつり)in能登半島!

またまたお祭りに参加してきました。今回は、石川県七尾市(能登半島)です。お熊甲祭り(おくまかぶとまつり)、二十日祭(二十日祭り)と呼ばれます。

19日、お昼過ぎ、東京を出ます。
シルバーウィークということもあり、満員です。北陸新幹線は満席でした。
基本的に指定席を利用しない派なのですが、自由席で席を確保できず、長野ぐらいまでたち続けました。

金沢に着いたのが17時頃。
本当は北陸鉄道に乗ろうかと思ったのですが、既に2回ぐらい乗っていることと、今回は夜の街を堪能したいことから見送りました。

百万石通りがメインストリートで、駅から少し歩きます。
尾山神社(ステンドグラスのある神社)で、何か音楽祭が開かれていたようです。

さて、香林坊(こうりんぼう)付近につきました。この辺りが繁華街です。
実は今回、立ち寄りたいところは木倉町商店街!

さらにさらに中央味食街という超すごいところを見つけました。
東京歌舞伎町のゴールデン街的な怪しげな雰囲気でした。
ちょうど音楽祭が開催されていたようで、ストリートライブが開かれていました。

その後、念のため、ひがし茶屋街、主計町もぶらりと寄って駅に戻ります。

鰤の旅行は基本的に宿代をケチって、ネットカフェで寝るつもりだったのですがシルバーウィークだったため満員でした。
しかたなく、朝4時まで開いているはずのつぼ八で時間をつぶしますが、2時で早じまいでした(追い出されました)。そこで、カラオケ店でナイトフィーバーします。ジャンカラ最高(24時間運営)。
(和倉温泉で一泊するプランもあったのですが、ケチったのが失敗でした。あまり眠れませんでした)

20日(お祭り本番)
カラオケ店で寝るのではなくフィーバーしたので、結構ねむいです。
5時30分、始発七尾、能登中島へ向かいます。

能登中島に着いたのは7時29分。まだねむいです。
そこからお祭り会場まで向かいます。
能登中島には能登演劇堂がありますが、お祭り会場は別です。
本当はシャトルバスが出るのですが、歩いていける距離なので歩いていきましょう。歩いて20分ぐらいです。

お祭り会場は久麻加夫都阿良加志比古神社(くまかぶとあらかしひこの)ですが、その地域にはその他の神社もあり、それぞれがチームを組んで、お祭りに臨みます。
近づくにつれて連れて、太鼓の音が大きく聞こえてきます。

うおー、すげー、何が起こってるのか!!!
これらの旗が神社に集合するようです。
ということで神社で待ちます。

続々、旗が集まってきます。
とりあえず神社に集まり、神様にご挨拶します。

そして、午後、各旗は近くの河原(賀茂原)へ行き、ぐるっと一周します。
旗は力自慢の男衆が担いでいるのですが、多少のことでは倒れません。
どれぐらいなら耐えられるか、その力自慢をするため、あえて傾けて力強さを演じます(島田くずし)。

これでお祭りは終了です。
ここからは帰路です。
やはりシャトルバスで駅まで戻れますが、ここは徒歩でしょう。
そんなに遠くありません。

駅でしばらく待ち、後は金沢まで戻るだけです。
本当は、一駅先の西岸駅(花咲くいろはの聖地)まで行きたかったのですが、あまり知らないアニメなので今回はパスです。

金沢駅で、新幹線の待ち時間を利用して8番らーめんを食べようと思ったのですが、大人気だったので、時間切れで、見送りました。

東京に戻った時は大雨でした。
めでたしめでたし

映画ちいかわ 人魚の島のひみつを見る!

大人気マンガ、ちいかわ(なんか小さくてかわいいやつ)の映画、人魚の島のひみつを見に行きました。

いやー、面白かったですねー
ちいかわってかわいらしいねこちゃんが大冒険するというマンガですが、アニメ化もされています。

それが映画になったということで、これはぜひ見に行く必要があります💛

見た感想

うおーー、おもしろい

主人公、ちいかわとその友達、ハチワレ、ラップうさぎ、モモンガ、くりまんじゅう、らっこ
そして、人魚の島のセイレーン、人魚、島二郎、ひとは、ふたば

いつものゆるふわキャラが人魚の島へ簡単な討伐で報酬100倍というビラにつられて訪れます。
ちいかわらは、島に着くと早速島を探検しに出かけます。その時、島の洞窟に迷い込んでしまい、セイレーン・人魚に助けられます。セイレーンは、人魚が1人、殺されて食べられてしまい、その犯人を捜していると嘆いていました。

さて、島での歓迎ムードが終わると討伐は島民を襲うセイレーンの討伐で、しかも報酬100倍はキャンセルされてしまいます。
ちいかわらは、昨夜、助けてもらったセイレーンらが島民のさらう敵で討伐相手だと知らされます。

ちいかわやハチワレは、島のラーメン屋さん、島二郎を仲間にし、セイレーンと戦います。とはいえ、セイレーンは戦闘力がとても強いので、激辛カレーを食べさせて撃退するという戦術を採用します。

もうこれ以上、島民を襲うな!そう突きつけるとセイレーンは「わかったわかった」と答えて消え去ります。

ちいかわはカレーを作る際、島民のひとは・ふたばの家で人魚のうろこを発見し、2人が犯人だと気づきます。
2人は実はセイレーンの近くで釣りをしているとセイレーンのしっぽがふたばにあたり、重傷を負います。ひとははふたばに人魚を食べさせて永遠の命を得させて回復させます。その際、ひとはも人魚の肉を食べます。
セイレーンはその後、犯人捜しのため島民をどんどんさらって殺し続けていました。
まるで、憎しみの連鎖の様な話です。
ちいかわはそのことに気づき、ひとは・ふたばに話しかけようとしますが、2人の運命をおもい、黙って島を去ります。

いやー、深い話っす。
人のけんか・紛争ってだいたいこんな感じですよね。
正直子供向けのマンガ・映画とは思えないぐらいの内容でした。

是非お勧めです。

ちなみに、ハチワレとうさぎはかわいいですね。

綾子舞@柏崎

9月13日、そうだ、新潟へ行こう!ということで、柏崎の綾子舞に行きました。
柏崎って、原子力発電所ぐらいしかイメージがありません。実際刊行するのは今回初めてかな。

9月13日は、東京都西多摩郡奥多摩町の小河内の鹿島踊り、三重県志摩市の安乗の人形芝居というお祭りが開催され、どれに行こうか迷いました。
東京はいつでも行けるのでパス。志摩市か柏崎市かですが、綾子舞はナント駅から送迎バスがあるということを前日発見しました。綾子舞の現地は柏崎市というものの、駅から相当離れた山奥にあります。レンタカーを借りる必要があるかと心配したのですが送迎バスがあれば、それで一気に現地に辿れます。(念のため、東京からの始発に間に合うことはチェック済み)

ということでレッツ柏崎!

始発は東京駅6時なので、朝5時起きです。まだねむいです。


新幹線で2時間、在来線で1時間で、柏崎につきます。

送迎バスは9時30分発であり、30分の余裕があります。
町を軽く散策し、お店で食料などを買います。

これまで地方のお祭りに参加しましたが、駅からの送迎バスがある方が少数派です。こういう配慮はうれしいですね。
綾子舞の舞台は綾子舞会館、JR柏崎駅と北越急行ほくほく線まつだい駅の間あたりにあります。JR柏崎駅からだと車両で20分ぐらいです。

綾子舞は毎年9月に上演されていますが、通常は午後に開催されるようです。
しかし、今年は重要無形民俗文化財指定50周年ということで、豪華版でした。午前・午後の2部構成です。

この手のお祭りは、地元民だけで、ひっそり行われることが多いのですが、結構人が多いです。主催者発表で800人が参加でした。

踊りはやっぱり女子が舞っているのが好き💛

さて、途中、50周年開催の伝承者等を表彰する場面がありました。
歴史的には500年続きます。現在、綾子舞は2集落で承継されているようです。もともとは4集落で承継されていたのですが、一子相伝(北斗神拳のようです)で、女人禁制だったようです。そして、昭和初期、それが廃れたらしく、早稲田大学の民俗研究会が研究して復活したということらしいです。
歴史的経緯から、京都の北野天満宮や香川県まんのう町の綾子踊りとも関係があるようです(綾子踊りも参加しようかと思ったのですが、天候の都合上、KEKに行きました。)。

あと、会場は上の写真の通りテント幕が張られていますが、非常に暑いです。2リットルぐらいのお茶を持って行くべきでしょう。やばいです。

現地には観光ツアーが組まれるなどして非常に熱気にあふれていました。
やっぱりお祭りはこうでなくっちゃね。
来賓に。国会議員数名、知事代理、元知事、市長なども来られていました。
人々に愛されている感があります。これが一番大切だと思いました。

さて、帰路で、柏崎→長岡→東京と戻りますが、長岡で途中下車するかどうかで値段が変わるようです。320円ぐらいです。何故なのか知っている人がいたら教えてー

高エネルギー加速器研究機構(KEK)一般公開@2026年

KEKには10年ぐらい行っていないので、今回はKEK・高エネルギー加速器研究機構に行きます。
去年はJAXAの公開に参加しましたが、KEKも非常に興味深い施設です。
KEKでは要するに素粒子を研究しています。素粒子というのは物体の最も小さい粒です。
小学校のころ物体の最小単位は「原子」と教わりましたが、中学校に入ると「原子核(陽子、中性子)と電子」と教わります。
しかし、高校に入ると「素粒子」と学びます。

代表的素粒子はクオーク(アップ、ダウン、トップ、ボトム、チャーム、ストレンジ)、レプトン(電子、ミュー、タウ/ニュートリノ)です。それ以外にボース粒子があります。星の光はボソンの輝きです。
そんな微小な世界は日常生活でほとんど意識しません。しかし、それが宇宙のブラックホールやダークマターに関係するとされています。

それらを研究しようという施設です。ノーベル賞を取った小林先生・益川先生の共同研究を証明したことでも有名です。

後で出てくるBelle IIの図です。床に描かれていました。

電子陽電子入射器です。電子等をぶつけるのですが、そのスタート地点がここです。

フォトンファクトリーです。KEKはどちらかと言えば素粒子、クォークなどを研究していますが、ここは原子・分子等を研究しています。関西のスプリング8的な施設です。比較的産業と関係が近い分野です。
電子等の加速器と構造がよく似ているので、設置されているとのことです。

SuperKEKB加速器です。先程の電子陽電子入射器から入射された電子等は直径1キロぐらいのですが、どこかわかるように矢印で示してくれています。また、移動用に自転車が用意されていました。

加速器です。円周状に曲がっているのがわかりますか。ここを電子等がぐるぐる回ります。そして光速の99.99%ぐらいまで加速します。

Belle IIです。電子等をぶつけるのですがぶつけた際に飛び散る破片を観測する観測器です。ちょっとわかりづらいですが、機械に覆われている青い部分が観測器です。一番迫力があるところですが、みえないから!

宇宙線飛跡観察器です。ちょっと写真では見づらいですが、宇宙から降り注ぐ宇宙線(ミュー粒子)を観測するための装置です。ウィルソンの霧箱でも見ることができます(以前、別の大学でみました。)

超電導リニアック試験施設です。次世代の加速器は超電導を使用する様で、その実験を行って今う。この金属(ニオブ、レアメタルの一種です)の中を電子等が通過します。
加速器はジュネーブにもありますが(シュタインズゲートで有名なCREN)、次世代加速器として、日本の北上付近に国際リニアコライダーを作るプランがあります。そこではこの超電導加速器が用いらるでしょう。

いたるところに先生がいて、気兼ねなく質問できました。
「JAXAに負けたくないからKEKをPRしてください!」って言っていました。対抗意識があるようです。やっぱりロケットが宇宙に飛ぶというのはわかりやすいのに対して、加速器で素粒子の新たな性質が判明したというのは目に見えないのでわかりづらいです。
あと、職員が「超KEK」のシャツを着ていました。ニコニコ超会議でも着用したものらしいです。

9月下旬にスーパーカミオカンデの一般公開もあるのですが、こちらは抽選制です。私は丸っと落選しました。_| ̄|〇

ハムフェア

アマチュア無線というものがあります。
無線機を趣味で利用するというものです。インターネット全盛期に無線ってほとんど使わないのですが、それを活用しようというものです。私も一応、資格を持っています。
今回は、その無線の展覧会に参加しに、有明GYM-EXへ行ってきました。

そもそも無線ってインターネットがつながらない月面とかISSとかで活躍するすごい技術だとは思うのですが、資格は持っていても全く活用していない私にとって、非常に新鮮、というかあまり良くわかりませんでした。
元々技術的に難しいのですが、用語が難しくて、もう全くついていけません(詳しい人は俺は知ってるぜ、もっと勉強しろ感を出さずに優しく教えてください。)。

とりあえず定番の公務員系です。
警察無線はグリコ森永事件の犯人が傍受していたこともあって、既に暗号化されています。しかし、その後も過激派は解読していたようです。すげー

なんかよくわからないけど、(北朝鮮と交信できそうな)すごい機材です。
最近はアイコムが一番売れているらしいです。私も全く使っていないのに持っています。

総務省からも来賓が来ていました!

一番興味深かったのはD-STARでした。
要するにインターネットと無線機を接続しようというものです。これはすごいと思いました。
いやすごいのは知っていたのですが。

前々から無線を頑張ると宣言して全くできていません。今度こそ頑張ります。

中古ダイナブック売却失敗

3月にジャンクモニターを3000円で購入するという大勝利を収めたことをいいことに、
今度は、使っていないノーパソダイナブックを売り払おうというプランを立てた。
しかし、パソコンを売るということをしたことがないので、どうしたものか。
ネットで調べたら、パソコン工房が良さげです。

ということでレッツパソコン工房!

いざ着いたのですが、本当に売れるのか心配だったので、店の周りをぐるぐる2周ぐらいして、気持ちを高めます。

3周目に差し掛かった時、いくら回っても売却できないと知り、勇気を振り絞って声をかけます。

待つこと2分
「あー、正規の電源アダプターがありませんねー。その場合、起動確認ができないんっすよ。とするとジャンク扱いですねー」

今回は売却をあきらめてまた来ます。
(というかハードオフとかで1000円ぐらいで売れないかな?)

有東木の盆踊!

お盆シーズンです。
全国的にお祭りが開催されます。
今回は静岡を攻めます。
このシーズン、有東木の盆踊(14日)と徳山の盆踊(15日)が開催されます。
これを一気に体験してしまおうというプランです。

8月14日
仕事を切り上げて新幹線で静岡入り、そのままレンタカーを借ります。
静岡駅から車で約1時間かけて有東木の盆踊の会場へ移動します。

ところが現地で、人が誰もいません。
現地で急遽調べたのですが、有東木の盆踊は2日間開催のところ、今年は1日開催(8月15日のみ)に変更のようです。
がっでむーーー
せっかく来たのに。

悪いのは全て静岡市観光協会だということにして、気持ちを切り替えます。
静岡駅から有東木への途中で郷島煙火大会が開催さていることに気づいた(というか通過した)ので引き返して郷島煙火大会を堪能します。
駐車場探しに苦労しましたが、少し離れた「安倍ごころ」という施設に止めて、無料バスに乗ります。

それが終わると宿がないので、ファミレスで時間をつぶして車上泊します。

15日
本当は徳山の盆踊を見る予定だったのですが、前日、有東木の盆踊を見逃したので、今日、有東木の盆踊を見ることにします。
とはいえ、盆踊りは夜なので、しばらく静岡でぶらぶらします。

マクドナルド沓谷店は、とてもきれいでした。
今から思えばですが、静岡の山の方には、日本の滝100選安倍の大滝があります。また藤代奥の吊橋というB旧観光スポットがあるのですが、そちらへ行けばよかったと思います。

さて、夜になったので、有東木に向かいます。
私は既に、事前調査目的で現地に来たので状況はわかっています。
辺りには、ワサビの里(茶畑もあります)で、駐車場はありません。
しかし、あたりは山間の集落で路駐で良いでしょう。
既に、太鼓がどんどんどんと鳴らされて、祭り開催が予告されています。

踊りは、男踊りと女踊りがあり、それぞれ踊ります。
男子女子一緒に踊るものもあります。

最後、祭り会場の東雲寺から集落中心へ少し移動し、そこで祭りに使った道具を燃やし、祖先へ送り出し、あいさつをします。

後半、小雨が降って来てきましたが、最後まで開催されました。

祭りが終わったのが11時頃なので、そこからまた街に戻ります。
ファミレスで時間をつぶしますが、その後、再び車中泊です。
体力的にかなり厳しいです。

16日
静岡市内を昼間に来るのは久しぶりなので、静岡城(駿府城公園)へ行きます。
徳川家康が作った城ですが、天守閣自体は1635年の火事で無くなっています。
公園を散歩して帰りました。

山間のお盆祭りの参加は「綾渡の夜念仏と盆踊」以来です。
私の実家、京都ではこういうお祭りはなく、新鮮でした。
同時期に開催されているはずの徳山の盆踊はまたの機会にします。
(大井川鉄道早く復活してくれ)

鰤鯖7台目復活

Server rack drawer with seven labeled hard drives and cooling fan inside a data center
Server rack drawer with seven labeled hard drives and cooling fan inside a data center

私のパソコン環境は自宅にlinuxサーバを設置してサーバ化しているというものです。
7台目は4月頃、増設したのですが、調子が悪くて5月にシャットダウンさせていました。
復旧せねばと思いながらもなかなか急がしくて手が出なかったのですが、この土日で一気に片づけました。

原因は接続していたhddのうち1台がboisに認識されないというものでした。ケーブルなどを変えてもダメだったのでお亡くなりになられた可能性があります(購入時期からして一番新しいので不自然だけど)。

とりあえず、それを外して再インスコ。ついでに余っていたhddも増設搭載しました。

これで復活です。推定死亡HDDはまた別の機会で、別の機体で試し、それでもだめなら破棄ですね。

「レッド」を読む

山本直樹氏のマンガ「レッド」を読みました。
この漫画は、学生運動、とりわけ連合赤軍、あさま山荘事件を題材にした異例の漫画です。
とはいうものの私は全学連期待の新星と一部呼ばれていましたが(呼ばれたことがないことは証明されていません)、学生運動をしたことがないので、時代背景から学ぶ必要があります。

1965年
ベトナム戦争が本格化し、ベ平連結成
1967年
10月、第一次羽田事件(山崎氏死亡)
11月、第二次羽田事件
1968年
1月、佐世保エンタープライズ寄港反対闘争
(2月、金嬉老事件)
6月、明治大学値上げ反対占拠、日大使途不明金闘争、東大安田講堂占拠開始、九州大学米軍機墜落・井上教授不承認
10月、国際反戦デー・新宿騒乱事件、(永山事件)
(12月、3億円強奪事件)
1969年
1月、東大安田講堂攻防戦
5月、三島由紀夫東大演説
8月、大学臨時措置法成立、全国大学機動隊突入開始
9月、大阪戦争、東京戦争
10月、警視庁機動隊庁舎ピース缶爆弾未遂事件
11月、アメリカ文化センターピース缶爆弾事件、米軍・領事館ダイナマイト設置事件、大菩薩峠事件
12月、川島氏逮捕
1970年
3月、よど号ハイジャック事件
(5月、プリンス号シージャック事件)
7月、七・七集会華青闘告発
8月、朝霞自衛官殺害事件、東京教育大学生リンチ殺人事件
11月、三島由紀夫自殺
12月、上赤塚交番襲撃事件(柴野氏死亡)
1971年
2月、真岡銃砲店襲撃、M作戦開始、三里塚闘争(第一次行政代執行)
5月、山岳ベースの生活開始
6月、沖縄返還協定反対運動
8月、印旛沼事件
9月、三里塚闘争(第二次行政代執行・東峰十字路事件)
10月、日石本館地下郵便局爆破事件
11月、渋谷暴動事件
12月、土田邸小包爆弾事件、赤軍派・革命左派合併、山岳ベース事件
1972年
2月、あさま山荘事件

いやー、てんこ盛りですね。それぞれが物凄い事件なのですが、それがこれほど連続して発生するとか、今では信じられないですね。

当時は全国に左翼学生派閥が多数存在したのですが、赤軍派と革命左派は、特に活発な活動をしていました。
一方、赤軍派はエリート学生による理論派集団でしたが、大菩薩峠事件で大量検挙され、よど号ハイジャック事件で幹部が出国し、残った者も銀行強盗を繰り返していました。
他方、革命左派は銃砲店襲撃、交番襲撃などを行っていました。赤軍派の銃は革命左派が貸与したものでした。

当然、警察もマークしており、相当のメンバーが指名手配されり、逮捕されたりしていました。
アジトを転々としていたのですが、警察の捜査から逃れるため、やがて山に入ります。
赤軍派らは山小屋で生活しつつ、交番をマークして、警察官から銃を奪う計画を練り、またすでに奪った銃を活用するための射撃練習をしたり、ダイナマイトから爆弾を製造したりしていました。
なぜこのようなことをしたかと言えば、前段階武装蜂起論(社会を混乱させればそれが起爆剤になり、革命が発生するという理論)により本当に革命活動だと信じていたからです。

彼らはその革命を遂行するための戦士としての訓練を山で行っていました。
その際、彼らが真の革命戦士になるための精神論が先行してしまいます。
いわゆる甘えを断ち切るための「自己批判」「総括」が行われます。共産主義化の手段であり正しい行動でなので、みんなで協力して行います。
メンバーがそれぞれ些細なミス(それはミスと呼べない程度のものが大半だが)を犯し、それに対しての反省を求める趣旨で集団で総括が行われていました。

連合赤軍は森恒夫氏(赤軍派)がリーダー、永田洋子氏(革命左派)がサブリーダーでした。
森氏は圧倒的な権限を有していて、とりわけ非常に饒舌でした。
レッドにもそのことが良く描写されています。
よくわからない抽象的な理論を永遠と口頭で話続け、他を圧倒する。それが暴走し、集団心理も相まって、「総括」に至ったのでしょう。
(たしかに人間の20代のころの記憶力、脳の活動は活発ですよね。私も教科書を映像で覚えて、頭の中でペラペラと開いていた記憶があります。)

しかし、もともと一般的には前段階武装蜂起論は意味が分かりませんし、総括も意味が分かりません。
にもかかわらず、彼らは共産主義革命という正義の理論とともにその集団心理が行動を先鋭化させていきました。

この漫画は、1968年ごろの革命左派初期から1971年年末の総括開始までの間を描いています。
クライマックスのあさま山荘事件そのものはここに書かれていません(続編に描かれているようです)。
後登場人物が多くて、正直誰が誰かわかりづらいです。
何人か、組織からの離脱者がいます。彼らはむしろゲームの勝利者だ。カルト的な連中には関わらない方が良いと思いました。

この漫画は過激派側にスポットを当てて描かれていますが、警察側からは佐々淳行氏の「連合赤軍「あさま山荘」事件」がわかりやすかったです。別途読みましょう。

闘争には被害者がいます。
樺美智子氏、山崎氏、柴野氏、向山氏、早岐氏その他多くの人が亡くなりました。
警察当局側にはさらに多くの人が亡くなっています。
果たしてその名を把握している人はどれだけいるでしょうか。その命の灯、その人生の営みは現代にも生き続けているのでしょうか。

泣き虫先生山口良治亡くなる

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1723149

ドラマスクールウォーズのモデルになった先生だ。
ラグビー日本代表選手が、高校教師になり、不良高校を立て直して、数年で高校ラグビーで優勝に導いたという伝説の教師。

しばらく体調がすぐれないとは聞いていました。

最近伏見工業高校・工学院は京都成章に押され気味で、寂しい限りです。
そんななか、伏見の伝統を支える大先生が亡くなられたのは、残念です。